東京オリンピックは、朝鮮戦争とベトナム戦争によってもたらされた経済成長に伴ってオリンピックの少し前から顕在化していた社会の歪みから目を逸させたことと、オリンピックが始まるまでに累計2000件に昇った汚職事件をオリンピック成功というムードで覆い隠したこと、の2つの影の部分があったのか。NHKの番組からはそう読み取れた。
貸本屋
うちも昔は貸本屋を営んでいたという話を聞いたような。
胃に違和感
数日前から胃に違和感を感じていた。一昨日の飲み会は、胃を騙してなんとか乗り切った。今日になって、とても調子が悪い。だから今日は食事を少なめにした。お酒も止めた。
聞けば、家族もこのところ、胃の調子が悪いそう。何かよくない物を食べたか。単なる偶然か。
夜になって違和感が強くなってきたので、大正漢方胃腸薬と正露丸とビオフェルミンを飲んでみた。
明日からは、少しずつ、よく噛んで、ゆっくりと食事を取るように、心掛けようか。
ツムツム
久し振りにツムツムで遊んだ。最新のキャラが3つ出て、とても遊びやすかった。キャラを増やすのは、そろそろネタ切れではないの?
重さと費用と性能のトレードオフ
端末とコンソールに思いを馳せた
調達コストを下げたい
持ち歩く荷物の嵩張りと重さを減らす
タブレットは2、3年に1枚。本や資料に目を通したり、文書を起草したり、簡単な計算をしたりするので、大きめのもの。マルチメディアを編集したりはしないので、交換周期は少し長くてもいい。
デスクトップは3、4年に2台。大きいのと小さいのを、別々の年に調達する。ノートパソコンは3年に1台。あまり持ち歩かないので重さは気にせず、CPUはなるべくコア数やメモリが多いもの、メモリも16GB以上のものを調達する。毎年何かは買うけど、毎年、複数台は買わないように分散させる。
スマートフォンは1年に1、2個。これは予算次第だが、大きい方は必ず買い換える。小さい方はお金が余れば。
持ち歩くのはスマートフォン2個とタブレット1枚。他は置くべき場所に置いておく。
活きた本棚
本棚は個人のものであったり、家族のものであったり、あるいはグループのものであったりする。誰か個人の本棚なら、他の人が立ち入ることは難しい。複数の本棚なら、何か興味を共有したり、興味が多様なことが現れたり、それでも本棚がそれを使う人たちの関心の地図を描く。
活きた本棚とは、いつも手が入り続けて、頭の中の興味、また集団の多様性と、本棚の本の並びがしっくりきているような本棚のことを云う。自宅の本棚をそのようにしたいものだ。
それでも保管のための本棚も必要であり、並べない本は、それなりに整然と保管して、いつでも出せるようにしておきたい。
可能性と適性の間の距離
携帯電話は、移動先での通話に始まり、テキストによるコミュニケーションを提供してフランクなやりとりを可能にし、インターネットに繋がって端末に育ってきた。スマートフォンは携帯電話のひとつの完成形だと評価するが、スマートフォンにはパソコンからの影響も色濃い。
パソコンは研究用の計算機から出発した。プログラムが実行できてゲームもできる家庭にもおける大きさになってきたあたりから、オフィスやビジネスを管理する道具と家庭でのアミューズメントの一翼を担う玩具として急速に普及した。マウスと窓型がベースのGUIインタフェースを得たあと、ブラウザのリッチ化が進んでインターネットの端末にもなった。
比較的長い歴史を持つインターネット環境がスマートフォン上で実現されると、文字入力もパソコンとスマートフォンの双方で同じようにできると良いと思われがちだ。でも、フリック入力で堅苦しいメールを起草するのは少し手間だ。親指を酷使して、似たような文章を別々のメールに対して起草するのは辛い。たとえば最初の10年間は特に気にならなくても、その次の20年にはきっと辛い。人類の進化の歴史の中で、親指はそれほど自在に動かしてきた指ではないそうで、酷使すると背中の筋肉や筋を傷めると聞いたことがある気がする。
そう考えるうちに、メールの送信や返信は、挨拶文抜きの短文で良い相手にはフリック入力で良いが、きちんとビジネス文書らしく起草するにはキーボード入力の方が効率がよく望ましい、という境地に至った。フリック入力は長い文章の入力には向かず、またキーボード入力の速度には敵わない。スマートフォンのためにキーボードを持ち歩くよりは、タブレットにキーボードを付与する方がトータルで軽くなる。
ノートパソコンも持ち歩きが可能だ。でも、タブレットに比べて移動先のビジネス用途には、余計な機能がありすぎる印象も抱いた。たとえばオフィスのデスクトップでのみ動けばいいソフトウェアが、出先で使えてしまう。
そんな検討をすると、鞄の中にはスマートフォンと、必要に応じてタブレットを持ち歩き、オフィスにはデスクトップパソコン、自宅にはノートパソコン、という布陣に落ち着く。どれで何ができるかという可能性と、どれをいつどこで使うのがよいかという適性は、なかなかに難しい。
Scrivenerの長所と短所
私にとってのScrivenerの長所は、ファイルの管理が煩雑でないこと。
Scrivenerの短所は、アウトライナーとして使うには、各項目にタイトルだけでなく必ずテキストを入力しておかないと、PDFを生成した時に、その項目が含まれないこと。
たぶんアウトライナーの方が便利。書き始めた文章を育てていくことにだけ特化したアプリだな。ログを残すことにも不便。
ここまで分かっても、私はScrivenerで書き始める。
チャンネルを分離する
通信や文書作成など、ビジネスに欠かせない行動は、画面の大きさと入力手段を選ぶ。
メッセンジャーは小さめの画面を持つスマートフォンに似合う。メイルはキーボードを使える少し大きめのスマートフォンかタブレットに、キーボードを組み合わせている場合に適している。文書の編集はタブレットか、それ以上の大きさの画面を持つ、キーボードを持つ端末に似合う。スプレッドシートやパワーポイントは、画面が大きければ大きいほどいい。
小さい画面は、さっとメモを取るのに丁度いい。大きな画面は全体のイメージを確認したり、繊細な作業をするときに適している。触れる画面は、気分の反映が直感的だ。電子書籍や書類の閲覧は大きな画面がいいが、手に持てるともっといい。
フリック入力は短文によるコミュニケーションに向いている。長文の入力の効率に関して、フリック入力はキーボードに敵わない。一本指対十分指だ。敵うわけがない。
こういう聖理をしてしまうと、大きめの画面を持つタブレットにキーボードを付けるのが、実は多くの目的に適している。でも、タブレットは必要に応じてバッグの中に入れて持ち歩き、普段のコミュニケーションはスマートフォンで行うのが便利だ。
だから電子メイルへの返事は、短くて済むものでない限り、オフィスは自宅など落ち着ける場所でキーボードを用いて入力できる状況になるまで、待ってもらうのが適している。移動している間に返信案を検討できるし、たぶんその方がコミュニケーションエラーの発生確率が減る。
スマートフォンでは気さくな連絡、タブレットとパソコンではフォーマルな連絡、というようにデバイスによってチャンネルを分離すると、たぶんいろいろとうまく行くような気がする。来月にはiPhone 11 Proと、新しくiPad Proの新しいモデルが発売されたらそれも、調達して、ともかく端末数を一つ減らしたい。
Productive不調
iOSアプリのProductiveで朝の習慣を管理していた。
- マーガリンと珈琲豆を冷蔵庫から出す
- 浄水を用意する
- 台所の調理スペースを空にする
- 浄水を沸かしながら、前晩に洗って乾かしている食器を、残っている水滴を布巾で拭き取ってから食器棚に戻す
- 同様にスプーンやフォーク、箸なども元に戻す
- サンドイッチを準備する
- 紅茶か緑茶を淹れる
- 珈琲も淹れる
- サンドイッチを作る
これが朝の習慣。これらをしているうちに猫が起きてきたら、次のリストを割り込ませる。
- 猫と一緒に食事のボウルと水のボウルを取りに行く
- 食事の残りの重さを計る
- ボウルを二つとも洗う
- 布巾で水滴を拭き取り、食事、水の順に重ねて、水のボウルに水を入れる
- スプーンを猫に見せて、にゃあと鳴かせる
- きんきん叩きながら、檻まで一緒に歩く
- 歩いてるときは、足で戯れてもいい
- 水を置き、餌は重さを計る
- お気に入りの餌は手で食べさせて、食欲を確認する
- 3、4粒食べさせたら、食事のボウルに入れて、渡す
- 檻を全て閉じる
これが私の朝の習慣。この後に運動があるんだけど、最近はやってない。これらの習慣をProductiveで管理していたが、登録していたデータが飛んだように見える。しかしバックアップを取るとすべて残っているので、どうも表示が制限されているだけらしい。
これは不便なので、別のアプリに乗り換えることにした。